/2 He&She's daily
怠い。
のっけから何か申し訳ないが、かったるいことこの上ねぇのである。セイリモンダイなので仕方がない。
俺こと柊樹勇輔は、ごく普通の学校に通う凡庸な中学生である。
センコーの授業は退屈だし、ダチはたるいことして喜んでるガキばっかだし、回りの大人の価値観とかウゼーし、何よりユメもキボーもない俺自身がどうしようもなく大嫌いな、ごくありふれた凡人だ。
思考の半分を占めるものは諦観、そして半分は暇つぶしのネタ。
そんな俺にとって、今受けている英語の黒桐の授業は、苦痛以外の何ものでもなかった。
他のセンコーのことも気に入らないが、こいつは特に気に入らない。何て云うか、真面目腐ってるし、眼鏡だし、天然だし、楽しそうだし、笑顔が素敵とか女子に云われてるし、今時生徒にモテるセンコーとかウザい。顔とかティーンで通用する。あと若いクセに説教臭い。あと無免許とかそんな噂もある。要するに胡散臭ぇ。
そんな仕様事もないことを考えていると、隣の席の女が話しかけてくる。
「ちょっと勇輔、何ブツブツ言ってんの。不気味ー、キモー」
「五月蝿え、シヅカ。少し黙れ。そしてキモーとか云うな、腐れ現代っ子」
「ハイハイ、わかりましたー」
こいつは黒姫シヅカ、一応俺の幼なじみだが、そんなどっかの糞アニメみたいに不自然なほど仲が良かったりはしない。そして嫌いな振りしてるけど実は好きでした的な駄設定も存在しない。むしろ互いに敵同士、水面下で精神の殺し合いを続けているような不毛な関係だ。
そして、黒桐先生を愛す会、書記次長補佐でもある。
ちなみにファンクラブの階級は――会長、副会長、王様、大統領、大臣、議長、総書記、書記長、書記次長、書記次長補佐、少佐、ポチ――があり、シズカは十番目くらいに偉い。
「っつーかフツーに暗いよ、アンタ。折角黒桐センセイが授業してくれてるっていうのに☆」
ほら来た。黒桐トーク。
いや、何かもう帰れお前。
「あんな眼鏡のどこがいいんだよ。眼鏡だし眼鏡だし眼鏡だし」
いや、眼鏡ばっかりか俺。
……一応弁解すれば俺は偏見とかそんなものを持っているゴミみたいなガキ共とは違うつもりではいる。黒人を馬鹿にしたことはないし、弱者をいたぶるほどの弱者でもないし、オタクという名称も使ったことがなければ、ホームレスにだって知り合いはいる。年功序列とか階段社会にも反発を覚える。
だが、何故か、何故だか知らないが、この腐れ眼鏡だけは気に入らねぇのである。
「はぁ? 何云ってんの? 全部に決まってんじゃん。親切そうなところとか親切そうなところとか親切そうなところとか何でもいうこと聞いてくれそうなところとか?」
「黙れこの女王様気質」
……念のため言っておく。
他大抵の女子はもっとマトモな理由であの眼鏡Loveなのである。こいつは例外。
食欲とか食欲とか食欲とか利己的な目的でしか動かない。……存分に我が侭放題やって豚みたいに太るがいい。そしてカミサマに喰われてしまえ。
そんなやりとりをしていると、黒桐がこっちやってくる。
第一種戦闘配置。
とりあえず、成績はある程度保守したい。
黒桐は俺の机の横まで歩いてくると、その童顔でがんばって険しい表情を作る。でも無理だから。あんたは穏和なキャラなの。どっちかってとやる気なくなるから。
「そこ、柊樹勇輔君、少し静かにしなさい。皆が迷惑してるだろ」
真面目腐った、それでいてどこか気の抜けた声でそう云った。
ああ、そうか、俺の所為になるんだ、ふーん。
「……センセイ、お言葉ですが今のは黒姫シヅカさんの暴言が発端かと思われますが」
出来るだけ速やかに済ませて早く消えてくれ。頼むから。
そう考えたが、しかい、俺の思考に閃きが迸る。
そうだよ、まてよ、これチャンスじゃない? ここから黒姫没落への三連コンボをたたき込め俺。あの女の鼻を明かしてやれ。
シヅカの評価ダウン、奴隷計画はこの俺が阻止する。
「実は、黒姫さんは、黒桐大センセイに対し、恐れ多くも――」
「あああ、ちょっと待って馬鹿何云ってんの!? センセイが素敵だなーって話ですよ、はい」
ち、カットが入ったか。カウントが止まっちまった。
シヅカは、大あわてで俺の口を塞ぐ。
ちなみにコイツ空手部だから。俺の力じゃふりほどけないから。
ん? と首を傾げる黒桐センセイ。
そのまるで栗鼠のような仕草は、男――しかも二十代にも拘わらず或る意味致命的に可愛いらしい。死んでしまえ。
結局深く考えなかったのか、「まぁ、二人とも気をつけなさい」とだけ云って、黒桐センセイは去っていった。
センセイが居なくなると、途端黒くなる黒姫シヅカ。先天的なダークハートの持ち主らしい。
「……ったくもう馬鹿勇輔、オレのセンセイに変なこと吹き込むなよ ――抉り殺すぞ?☆」
「怖いよ!?」
握り拳を見せつけて極上の笑みを称えている。
うわっ、怖っ。
最近の若者は怖いね。覚悟もないクセに殺すとか陳腐過ぎる台詞を連発して、全然羞恥心もないのかっての。
このままじゃ変態の世の中になっちゃうよー、わーたすけてママー。って感じだクソッタレ。
しかも暴力で解決しようとか――K-1の見過ぎです。
しかしこのままじゃ何より先に俺の尊厳が奪取されそうなので、一応反撃しておこう。それがいい。
「ところでシヅカ、お前、また一回り重くなったんじゃないか? 椅子がミシミシ云ってるぞ」
嘘だけど。
さあ、食いつけシヅカ、単純なお前の特徴を表すのだ。
「っ!? ……何云ってんの、別に何も鳴ってねーよ」
――的中。
馬鹿雌、自ら弱点を教えてくれるとは。
どうやら彼女は、ダイエットに励もうかとか、そんな悩みを持つボーダーを超えているらしい。
「あ、ゴメン、スカイイヤーだわ。まぁ、ありえねーよな、その容姿で椅子が鳴るなんて」
「んなのアタリマエやん、オレはそんなに重くねーよ」
そんなに、ねぇ。
「それにしては気にしてたんじゃね? あれ? もしかして……?」
うっ、とシヅカの動きが鈍る。
勝った。あいあむうぃなー。貴様如き売女はオレサマの前に跪いているくらいが丁度いいのさー。って何か俺酷っ、ムスカと同じくらい酷ぇ。ゴミのようだーみたいな。
「な、何だよ……」
シヅカが視線を逸らす。
ふふふ、糞シヅカ、さっきのお返しだー。
喰らえ、必殺弱点攻撃。
極上の笑みでそう返した。
「――少しフエマシタ?」(笑顔)
ブチ。
鳴った。
あれ、何だろ今のSE。
しかも何か世界が凍ってる。
あ、もしかして死亡フラグ立ちました?
俺死亡?
デッドエンド?
悪いけど俺奇跡起こして回避できる能力とかないよ? 幸運値低そうだし。
「――――」
気まずい、沈黙。
おーい、もしもーし、ごめん、俺が悪かったから少しくらい容赦してくれると有り難いんだけど。
っていうかむしろ俺はいつ死ぬんですか的な恐怖で失禁しそうなんですけど。
アイツが振り向く。
とびっきりの笑顔で、全く不自然を感じさせずに、いつもと変らない言葉でそう云った。
「死ね☆」
怖ぇ、マジ怖ぇ。
俺は何か反撃不能だし。
笑顔怖いし。
そういえば京極夏彦の小説に言葉は呪文だとか書いてあったようななかったような。
そうか、解りました先生、言葉は使い方次第で天と地の差があるんデスネ。
っていうか怖いよあの女。
いやほら拳とか振り上げてるよ?
何、やっぱ死刑? 死刑なんですか?
ユメとか希望とか失ったこの俺に、更に深い絶望を与えようと云うんですね?
っていうか誰か助けろよ。ラブアンドピースの精神はどうしたよ?
何、もしかして回り敵だらけ?
あなたも私も敵ですか?
自分が見えない。
世界が見えない。
アイツは敵、
あなたも敵、
誰か俺に教えてよ。
全て夢だと教えてよ。
金をやるから教えろよ。
って、んなパクリ文章妄想してる場合じゃなくて真剣に拳飛んで来てるんだけど。
早い、早いよ、ニュータイプ能力が追いつかないよ。しかも腰入ってる。
思考速度は0.1秒に文字数にして55文字くらい。即ち0.5秒ちょっとで拳骨と仲良くなる計算だ。
そしてあと0.1秒もない、
ってかコーク!?
コークスクリュー!?…………………………………
ゆうすけは しんで しまった。
Died end/3 幼なじみはヘビー級?
to be continued...
「だぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
奇声と共に起きあがる。
カチ、カチ、と時計の音が聞こえる。
そこはどうやら保健室のようだった。回りには先生や他の生徒の姿はなく、ただ一人、黒姫シヅカだけがベッドの脇で俺の顔を見つめている。
あれ、こいつもしかして責任感じてずっと看病してたの?
やべ、見直した。何か元はといえばこいつの所為(?)だけど、それでもいい進歩だ。感動。
「おお ゆうすけよ! しんでしまうとは なにごとだ!」
「第一声がそれかい!!」
感動取り消し。
やっぱこいつただのアホ。
「全く、あの程度で気絶しちゃうとは、最近の若者は体力ないネー」
ベッドの脇のクラスメイトは中国人みたいな発音でそういった。
体力と書いてヒットポイント。そういえば何で攻撃くらって体力減るのか少し疑問に思った小学六年生の夏。普通ダメージが蓄積するだけで体力関係ないと思うんだけどなー。閑話休題。
「五月蝿ぇ、どちらかというとお前のパンチがアリエネェ。しかも見事に顎に入ったんデスケド?」
「何云ってんの、大の男がそれくらいでへこたれてどーすんの」(※中学生です)
「無理、絶対無理。お前のボクサー顔負けの一撃なんか防げるか。このキン肉ウーマン」
世代的に見たことのない、古き良き時代のアニメらしい。自分でもよくわからず使ったが、カレクックとかカリー・ド・マルシェの同類とかそんな知識しかない。しかも間違ってる可能性が高い。そしてあんまりボクサー関係ナイ。
「うわ、サイテー、乙女にそんなこというんだ。うわー。うわー」
ブーイングを交え、幼なじみは暴言を吐き散らす。
何か不愉快なのでさっきの失敗を懲りずに反撃してみる。
「ん? 乙女? 何処に?」
そして後悔する俺。
黒姫シヅカは、立ち上がり、再び最高の笑顔を浮かべている。
――死刑宣告。
すぅ、と息を吸う。
ゴメンナサイ、糞母さん、俺、死にます。
「定番のボケは――いらんわぁぁぁっ!」
限界まで身体を捻った状態からの竜巻JOLT。
超高速で打ち出された魔拳は旋風を孕み、あらゆるものを粉砕せんと迫り来る。
ホントこの女はどうなっているんだ糞神。
「ひでぶっ!?!?」
炸裂。
身体が二転三転宙を舞う。そのまま勢いを殺せず壁に激突する。
デンプシーロール出す暇もなくKO負け。
「ったくアンタも成長しないやね、折角可愛い幼なじみが看病してあげたってのに。
愛想尽きた。それじゃあ、オレは帰るから傷が治るまで寝てろよ?」
壁に吹っ飛ばされた俺を完全にシカトして帰ってゆく冷たい幼なじみ。
ちっ、ジョーネタまで引っ張ろうと思ったのに。
っていうか愛想なんて少しでもあったんだ?
ガラリと音がして、ドアが閉める音が聞こえた。どうやらホントウに帰ってしまったらしい。
チッ――チッ――チッ――チッ――
静かすぎる保健室を、俺の息と時計の針の音だけが支配した。
ああ、また一日が終わった。そんな気がした。
とりあえず、暇つぶしは出来た。この頃の俺の課題は、もっぱらそれに限定される。
どのようにして、退屈すぎる一日を過ごすか。
その為に、俺は黒姫シヅカと一緒にいる。あんな女でも一緒にいれば憂鬱過ぎるこのサイクルを誤魔化せるから。
でもそれは、彼女を道具として見ているという事だ。だからこそ、あんな粗暴な女を選んだ。この腐った俺にはお似合いだろうから。
あー、あー、でも違う。恋愛感情とかそんな煩わしい諸々の毒とは俺は無関係。
しかし、アレだね。保健室に女と二人とか腐ったシチュエーションって実際にあるんだ。それであんな展開になったりこんな展開になったり、ホント作ってるやつは脳味噌が爛れて蛆が沸いてるとしか思えないわー。
ほら、例えば男の方が眠ってるのを良いことに無断で唇を奪う糞みたいな展開。っつーか何より無断ってどうよ。男の尊厳無視かよ。
「まぁ、そんなことあるわけないけど」
アイツだし。……って何か期待してるみたいじゃねぇか俺。ゴミか。
……ん? いや、待て、何か違う。
寝ぼけててよくわからなかったけど、いつもと何か、感触が違う。
――唇の。
いや、真逆。気の所為だって。別に物的証拠は何一つ無いわけだし。
余計な思考をカットする為に、Yシャツの袖で唇を擦る。
「――って……」
絶句。
あー、あー、もしもし生きてますか俺。
っていうか何でさ、俺の唇からルージュが付着する訳よ?
限りなく薄目のこれは、クラスの女子が学校側にバレないように付けているアレですか?
で、だからナニヨ、頭の悪い俺ではこの程度の情報では何一つ推理出来まっせーん。
そう、っていうかきっとこれが夢なんだよ。目覚めたからといって現実とは限らない。っていうかこんな現実あったら俺首釣って死ぬわ。――いや、マジで死ぬ羽目になるかもだから嘘だけど。いや、でもこれは夢だよな? だから彼女は彼女で、俺は俺で、別に何もなくて、それで――……
「マジか?」
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